リキ物語 第4話 鼻を切られたシェパード

猫であるはずのタイガーは、とても、猫とは思えない娘に育っていきました。まず普通の家猫のように、ヒトに媚びることがありません。もちろん、お腹が空いた時は、飯をよこせと堂々と対等に要求します。しかし、冷蔵庫から、気に入らないものが出てくると、本当に猫またぎをします。冷蔵庫の臭いの移ったじゃこなどは、見向きもしません。というより、最初から、今日は「ひらめの縁側が良い」とか、「あじの開きが食べたい」とか「たまには、あっさりと長芋のたいたん」とか決めているようでした。今日はうまいものがなさそうだと判ると、自分で調達に行きます。狩りの腕前はなかなかたいしたもののようでした。
 タイガーが初めての狩りに成功した朝のことです。目をギラギラ輝かしたタイガーが小鳥をくわえて、さも得意そうに見せに来ました。わざと生かせてあります。グアオー、ばたばたする小鳥を床において、ギラリ・ニタリとこちらを見ました。サチコは「キャーやめてタイガー」と叫び、小鳥をくわえたままのタイガーの首をつまんで、玄関に閉じ込めました。しばらく物音がしていましたが、やがて玄関は静かになり、舌なめずりをしているタイガーのほかは羽とくちばしだけが散らばっていました。
 せっかく大手柄をたてて、みんなに見せに来たのに、このとき彼女のプライドは、ずいぶん傷ついたようです。
 それから、2-3日後のことです。突然、トイレの中から「ギイヤー」「イヤー」「ワアー」と、ほとんど断末魔のような悲鳴がしました。タイガーが傷ついたプライドの腹いせに、トイレのマットの下に蛇を隠しておいたのです。30cmばかりのヤマカガシです。まだモゾモゾ動いていました。
 しばらくの間、トイレのマットの下にはおよそ人間のメスが嫌うすべてのものが隠してありました。トカゲ、ヤモリ、ムカデ、ゲジゲジ、クモ、ネズミ、ジュゲムジュゲム、魑魅魍魎。タイガーはこれらのゲテモノは決して食べません。明らかに、人間のメスを怖がらせて楽しんでいたようでした。
 タイガーの野生がどんどん磨かれて行きます。犬は自分で訓練をすることはありませが、どうやら、猫は自分でトレーニングプログラムを決めて挑戦をしているようです。いちリキもさんリキもジャンプは大得意ですが、犬が一人でジャンプの練習をしているところは見たことがありません。わが家の天井の近くに、目的のよく判らない棚があります。どうも建築家がデザイン上の気まぐれで付けたようです。目的がよくわからないので、たいていは何も置かれていません。タイガーがこれに目を付けました。最初は机やソファーの上から飛び上がります。次第に踏切場所を低い所に移していきます。最後には床からダイレクトにジャンプをすることができました。3mの高さです。なぜ飛び上がるのかだれにもわかりません。どう考えても挑戦とトレーニングです。タイガーの日頃のトレーニングは完璧なサーキットトレーニングでした。走る、壁に爪を立て床に背中を滑らしたタイガー横走り、すごいスピードです。途中で高い棚までジャンプ、ヒトの手や足を獲物に見立てて攻撃。ランニング、跳び箱、鉄棒、ダッシュ、スポーツ選手のサーキットトレーニングと同じです。
 あるとき、窓から見ていると、キジバトの夫婦が庭で餌をついばんでいました。草刈りのあとには草の実がばらまかれているのでしょう。鳥たちが集まってきます。キジバトは、草の実を食べに集まってくる鳥の中では最大で、わが家の周りに生えているネズミモチに巣がけをしている夫婦です。目を移すと、その後ろ5mの刈り残しの草むらの中にタイガーが伏せていました。タイガーの毛色はブッシュの中では完全な保護色でよく見ないと気づかれません。一つの動作から次の動作まで30秒はかけて、じれったくなるぐらい、ゆっくりと慎重に、獲物に近づいて行きました。距離が2mになりました。タイガーのジャンプとキジバトが飛び立つのが同時でした。タイガーの爪がキジバトの肩甲あたりに触れたように見えました。キジバトのバランスが崩れ、羽が飛び散りました。やったーと思いましたが、そこまででした。キジバトは飛び去り、タイガーは地面に落ちました。猫が狩りに失敗した時は面白い行動をします。そこらにある石や木切れを持って、あたかもそれが獲物であるように、空中に投げたり捕まえたりします。ちょうど、お手玉をしているような光景です。どう見ても照れ隠しとしか思えません。その様子を見られていたことを知ったタイガーは、こちらの顔をじっと見ました。そして、ますます照れて、ワオーとどこかへ行ってしまいました。その後もタイガーの大物狙いは続いたようです。くちばしで突かれたのでしょう、目の上に穴があき、膿みが出ていることもありました。
 さて、タイガーのこんな最も血気盛んな時にいちリキがやってきました。タイガーにとっては、犬は親の敵です。少し心配しました。でもリキはまだ耳の立っていない本当のあかちゃんでした。タイガーはあかちゃんリキをいじめるわけでもなく、さりとて可愛がる訳でもなく、少し高い所から超然とした態度で眺めていました。
 リキの方がが次第にやんちゃになっていきます。両方の耳が立った頃、タイガーにちょっかいを出すようになりました。そんな時、タイガーはフー、ギャオーと、一応威嚇はしますが、本気ではありません。リキがたじろいだすきにさっさとどこかへ行ってしまいました。そんな日々が数ヶ月続きます。
 わが家の隣に父母の家があります。そこに、コテツと名付けられたオス猫がいました。じゃりんこチエに出てくる、眉間に三日月型の傷があるニヒルなやくざ猫と同じ名前です。しかし、こちらのコテツは、完全名前負けで、期待したニヒルでカッコいい猫にはならず、デブデブ太り、寝てばっかりいるダレ猫になりました。
 そのコテツがまだ子猫の時のことです。すでに体の大きさは一人前になっていたリキがコテツを追いかけました。タイガーがその様子を10mぐらい離れた所から見ていました。タイガーとコテツは親子でもなんでもありません。とくに仲が良いわけでもありません。隣の子猫ぐらいにしか思ってないはずです。ところが、コテツが追いつめられて、ギャーと言った瞬間、タイガーが猛然と走り、そして風切り音をあげて飛びました。必殺仕置き人が抜き身の刀を横に払ったシーンをスローモーションで見ているようでした。子供を守るため犬と戦って死んだ母親シャミーの怨霊が乗り移ったのかもしれません。
 リキがハタと立ち止まりました。そして腰を落とした姿勢でツツと後ずさりをしました。びっくりしたような目をしています。そして、シェパードの黒い大きな鼻に横真一文字に赤い筋が見えました。そこからみるみる血があふれてきました。大きな鼻が、タイガーの抜き身の爪で一刀のもとに斬られたのでした。タイガーはまだ攻撃の手を緩めていません。大きなシェパードが後ろを向いて肩を落としてこそこそと逃げ出しました。門のところまで逃げると背中を向けておすわりをし、石のように動かなくなりました。夜までそこでじっとしていたのです。日本刀で鼻をざっくり斬られたのです、さぞかし痛かったのだろうと思います。
 それから、しばらくの間、タイガーが側を通るとリキは決まって門の所まで行って石になりました。
 そのうち、リキがタイガーの側を通ることにはお許しが出たようですが、いちリキの時代はタイガー絶対優位でした。
 にリキの時代、少し様子が変わってきます。とってもお人好しみんな大好き、にリキに、タイガーは「犬にもええやつおるな」と思っていたようです。
 さんリキの時代、タイガーはおばあさんになっていました。
 さんリキは乱暴ものです。時々タイガーのお尻を鼻でこついていました。タイガーはウギャーと怒っていましたが、攻撃することはありません。でも、タイガーが昼寝をするソファーにリキが座ることは最後まで許可は与えなかったのです。

  鼻を切られたシェパード

 猫であるはずのタイガーは、とても、猫とは思えない娘に育っていきました。まず普通の家猫のように、ヒトに媚びることがありません。もちろん、お腹が空いた時は、飯をよこせと堂々と対等に要求します。しかし、冷蔵庫から、気に入らないものが出てくると、本当に猫またぎをします。冷蔵庫の臭いの移ったじゃこなどは、見向きもしません。というより、最初から、今日は「ひらめの縁側が良い」とか、「あじの開きが食べたい」とか「たまには、あっさりと長芋のたいたん」とか決めているようでした。今日はうまいものがなさそうだと判ると、自分で調達に行きます。狩りの腕前はなかなかたいしたもののようでした。
 タイガーが初めての狩りに成功した朝のことです。目をギラギラ輝かしたタイガーが小鳥をくわえて、さも得意そうに見せに来ました。わざと生かせてあります。グアオー、ばたばたする小鳥を床において、ギラリ・ニタリとこちらを見ました。サチコは「キャーやめてタイガー」と叫び、小鳥をくわえたままのタイガーの首をつまんで、玄関に閉じ込めました。しばらく物音がしていましたが、やがて玄関は静かになり、舌なめずりをしているタイガーのほかは羽とくちばしだけが散らばっていました。
 せっかく大手柄をたてて、みんなに見せに来たのに、このとき彼女のプライドは、ずいぶん傷ついたようです。
 それから、2-3日後のことです。突然、トイレの中から「ギイヤー」「イヤー」「ワアー」と、ほとんど断末魔のような悲鳴がしました。タイガーが傷ついたプライドの腹いせに、トイレのマットの下に蛇を隠しておいたのです。30cmばかりのヤマカガシです。まだモゾモゾ動いていました。
 しばらくの間、トイレのマットの下にはおよそ人間のメスが嫌うすべてのものが隠してありました。トカゲ、ヤモリ、ムカデ、ゲジゲジ、クモ、ネズミ、ジュゲムジュゲム、魑魅魍魎。タイガーはこれらのゲテモノは決して食べません。明らかに、人間のメスを怖がらせて楽しんでいたようでした。
 タイガーの野生がどんどん磨かれて行きます。犬は自分で訓練をすることはありませが、どうやら、猫は自分でトレーニングプログラムを決めて挑戦をしているようです。いちリキもさんリキもジャンプは大得意ですが、犬が一人でジャンプの練習をしているところは見たことがありません。わが家の天井の近くに、目的のよく判らない棚があります。どうも建築家がデザイン上の気まぐれで付けたようです。目的がよくわからないので、たいていは何も置かれていません。タイガーがこれに目を付けました。最初は机やソファーの上から飛び上がります。次第に踏切場所を低い所に移していきます。最後には床からダイレクトにジャンプをすることができました。3mの高さです。なぜ飛び上がるのかだれにもわかりません。どう考えても挑戦とトレーニングです。タイガーの日頃のトレーニングは完璧なサーキットトレーニングでした。走る、壁に爪を立て床に背中を滑らしたタイガー横走り、すごいスピードです。途中で高い棚までジャンプ、ヒトの手や足を獲物に見立てて攻撃。ランニング、跳び箱、鉄棒、ダッシュ、スポーツ選手のサーキットトレーニングと同じです。
 あるとき、窓から見ていると、キジバトの夫婦が庭で餌をついばんでいました。草刈りのあとには草の実がばらまかれているのでしょう。鳥たちが集まってきます。キジバトは、草の実を食べに集まってくる鳥の中では最大で、わが家の周りに生えているネズミモチに巣がけをしている夫婦です。目を移すと、その後ろ5mの刈り残しの草むらの中にタイガーが伏せていました。タイガーの毛色はブッシュの中では完全な保護色でよく見ないと気づかれません。一つの動作から次の動作まで30秒はかけて、じれったくなるぐらい、ゆっくりと慎重に、獲物に近づいて行きました。距離が2mになりました。タイガーのジャンプとキジバトが飛び立つのが同時でした。タイガーの爪がキジバトの肩甲あたりに触れたように見えました。キジバトのバランスが崩れ、羽が飛び散りました。やったーと思いましたが、そこまででした。キジバトは飛び去り、タイガーは地面に落ちました。猫が狩りに失敗した時は面白い行動をします。そこらにある石や木切れを持って、あたかもそれが獲物であるように、空中に投げたり捕まえたりします。ちょうど、お手玉をしているような光景です。どう見ても照れ隠しとしか思えません。その様子を見られていたことを知ったタイガーは、こちらの顔をじっと見ました。そして、ますます照れて、ワオーとどこかへ行ってしまいました。その後もタイガーの大物狙いは続いたようです。くちばしで突かれたのでしょう、目の上に穴があき、膿みが出ていることもありました。
 さて、タイガーのこんな最も血気盛んな時にいちリキがやってきました。タイガーにとっては、犬は親の敵です。少し心配しました。でもリキはまだ耳の立っていない本当のあかちゃんでした。タイガーはあかちゃんリキをいじめるわけでもなく、さりとて可愛がる訳でもなく、少し高い所から超然とした態度で眺めていました。
 リキの方がが次第にやんちゃになっていきます。両方の耳が立った頃、タイガーにちょっかいを出すようになりました。そんな時、タイガーはフー、ギャオーと、一応威嚇はしますが、本気ではありません。リキがたじろいだすきにさっさとどこかへ行ってしまいました。そんな日々が数ヶ月続きます。
 わが家の隣に父母の家があります。そこに、コテツと名付けられたオス猫がいました。じゃりんこチエに出てくる、眉間に三日月型の傷があるニヒルなやくざ猫と同じ名前です。しかし、こちらのコテツは、完全名前負けで、期待したニヒルでカッコいい猫にはならず、デブデブ太り、寝てばっかりいるダレ猫になりました。
 そのコテツがまだ子猫の時のことです。すでに体の大きさは一人前になっていたリキがコテツを追いかけました。タイガーがその様子を10mぐらい離れた所から見ていました。タイガーとコテツは親子でもなんでもありません。とくに仲が良いわけでもありません。隣の子猫ぐらいにしか思ってないはずです。ところが、コテツが追いつめられて、ギャーと言った瞬間、タイガーが猛然と走り、そして風切り音をあげて飛びました。必殺仕置き人が抜き身の刀を横に払ったシーンをスローモーションで見ているようでした。子供を守るため犬と戦って死んだ母親シャミーの怨霊が乗り移ったのかもしれません。
 リキがハタと立ち止まりました。そして腰を落とした姿勢でツツと後ずさりをしました。びっくりしたような目をしています。そして、シェパードの黒い大きな鼻に横真一文字に赤い筋が見えました。そこからみるみる血があふれてきました。大きな鼻が、タイガーの抜き身の爪で一刀のもとに斬られたのでした。タイガーはまだ攻撃の手を緩めていません。大きなシェパードが後ろを向いて肩を落としてこそこそと逃げ出しました。門のところまで逃げると背中を向けておすわりをし、石のように動かなくなりました。夜までそこでじっとしていたのです。日本刀で鼻をざっくり斬られたのです、さぞかし痛かったのだろうと思います。
 それから、しばらくの間、タイガーが側を通るとリキは決まって門の所まで行って石になりました。
 そのうち、リキがタイガーの側を通ることにはお許しが出たようですが、いちリキの時代はタイガー絶対優位でした。
 にリキの時代、少し様子が変わってきます。とってもお人好しみんな大好き、にリキに、タイガーは「犬にもええやつおるな」と思っていたようです。
 さんリキの時代、タイガーはおばあさんになっていました。
 さんリキは乱暴ものです。時々タイガーのお尻を鼻でこついていました。タイガーはウギャーと怒っていましたが、攻撃することはありません。でも、タイガーが昼寝をするソファーにリキが座ることは最後まで許可は与えなかったのです。

 2008-09-05