リキ物語 第一話

はじめに、
 大きくて、強くて、少し乱暴者の悪源太;三リキが昇天しました。最後までプライド高く、ハンサムでした。これを機会にリキ物語はブログ版として登場します。
 まずは、第一話から順次。 いずれ、わが家には初めてのお嬢、ハナの物語へと続いていく予定です。

 

 第1話 シープハウンド
リキは由緒正しきジャーマンシェパードです。実はリキは3匹いて、ややこしいですがいちリキ、にリキ、さんリキとします。ヒトの世界では「氏より育ち」と言いますが、三匹リキとも「育ちより氏」でした。三匹ともわが家へ初めて来た日など、子犬のくせに玄関前で両前足をそろえて不動の正座姿勢ですから恐れ入りました。
しだいにわが家の家風にどっぷりそまり、どんどん自由奔放勝手気ままになりました。
いちリキの時代のことです。私の同僚が医学研究に使う山羊を注文しました。小さめのミニゴートです。めちゃめちゃ値切って注文しましたので、熊本から東京へ運ぶ途中のトラックを真夜中の3時に名神吹田のサービスエリアで受け取りました。ほとんど禁酒法時代のカナディアンウィスキーの受け渡しです。私が勤めていた施設は国立のナショナルセンターで予算はふんだんにあり、税金を湯水のごとく使っていると思われていますが、それはごく一部の研究チームであり、私のグループの実際は山羊一匹買うとなると大騒動です。山羊一匹の値段はデータ整理のために雇う女の子の月々のお手当の約3倍になります。産科の研究チームですから妊娠した山羊を研究につかいます。ところが、いざ研究になって、苦労して手に入れた山羊には胎児がいない事が判りました。妊娠山羊と言って売る方も売る方ですが、妊娠していないことが見抜けず買った産婦人科医もたいしたヤブです。小太りのご夫人で、いかにもおなかが大きいように見える山羊だったのです。いまさら仕方がないので、人工心臓の研究をしているグループに提供しました。動物手術室と動物集中治療室を借りている関係で恩を売る必要があったのです。その国立研究機関は人工心臓の研究では世界としのぎを削っており、使用する動物も厳選された動物を使います。由緒正しいとは決して言えない非妊娠山羊君には、世界をリードする研究の栄誉は与えられなかったようです。あとで、知ったことですが、輸血用血液の提供者として過ごしました。この逆境にもめげず山羊君は生き残りました。ふらふらになりつつも、飯をバリバリ食べ、ほどなく、動物舎からわたしのもとに月3万円の飼料代の請求書が届きました。
  わが家は、ほとんど山のような所にあります。下草はボウボウで草刈りにほとほと手を焼いていました。
  山羊君を連れて来れば、根こそぎ草を食べてくれて、飼料代は払わなくて済み、草刈りの労働からは解放されるに違いないとも期待しました。
  ところが、期待に反して山羊君が食べたのは、木の新芽でした。少しは庭らしくと園芸店で一株2,500円も出して買った山茶花や沈丁花は一日で丸坊主になりました。ミニゴートですから上の方の新芽は大丈夫と思ったのも誤りで1週間もすると、およそ私の目の高さから下の葉っぱは全てなくなりました。ちびのくせに背伸びをして木によじ登り新芽を食べるのです。羊族の放牧によりサハラ砂漠が出来たという仮説は実験的に証明されたのです。そういえば、地球ふしぎ大自然に出てくるサバナは灌木がない所でも草はあります。まず最初に灌木がなくなるようです。
 迷惑をしたのは、リキとて同じことでした。まずリキの小屋が占拠されました。いちリキは外で寝起きをしていました。
  リキ小屋には、探しまわって知り合いの農家から手に入れたわらが敷き詰められていました。すでにクボタサナエちゃんやヤンマーコンバインが普及し、稲刈りあとのわらを干す光景は見られなくなっていましたから、寝わらは貴重品です。
  まずその寝ワラが食べられました。悪いことに草食動物の常として食べながら排泄物を垂れ流します。
  犬族は結構きれい好きで、排泄は自分の生活空間からできるだけ離れた所で用をたします。今は排泄物を公共の場におきっぱなしにすることは御法度ですから、ご主人様は散歩の一番遠い所から、お犬さまのおものを、我が家まで運ぶことになります。
  いちリキは山羊君の寝わらの上へのたれ流しにはほとほと困り果てていました。剛胆に放尿する山羊君をあきれた顔をしてあぜんと眺めていました。
  しかし、追い払うわけでもなく、先祖の大陸オオカミに昔帰りをして食うわけでもなく、2週間ほどの時が流れました。ある日、門の扉が開きっぱなしになっていたようです。
  ふだんは、いちリキは外に出ても、電信柱2~3本におしっこをかけ、縄張り確認が終わったら帰ってきます。ところがその時は山羊君も出てしまったようです。シェパードの遠い先祖は牧羊犬であり、大陸オオカミのDNAを少しまぜ、ドイツで軍用犬として改良されました。シェパードはシープ(羊)ハウンド(犬)の発音がなまったものです。
 出ていった山羊君の後を追い、先祖帰りをしたシープハウンド、リキのエスコートが始まりました。何世代も経過したはずなのに、昔々のおじいちゃんが受けた訓練を覚えているなんて、環境因子は遺伝に関与しないという現代科学の大原則に反する行為です。2匹の行方不明が明らかになり、人々の追跡が開始されました。
「山羊を連れたシェパードを見ていませんか」見た人は「いたいた、30分ぐらい前に中央環状線のほうに歩いていったよ」。
  見ていない人、怪訝な顔で「なんですかそれ」、いちいち説明するのも大変なので、「いえいえ別に」とパス。
  結局、リキと山羊君は半径3kmぐらいの円を描き、交通量のむちゃくちゃ多い中央環状線の、ちゃんと歩道を通り、信号を渡って、ファミリーレストランの前で2匹でおしっこをし、私の妹の家の前に来ました。
  リキがとても困った顔をして窓から中をのぞき込んでいたそうです。
「あんたら何してんの」
「家へ帰ろうよ」と言ったら、リキが「うん」と言って妹に付いて帰ってきました。山羊も後からついて来たそうです。  その後、山羊君は移動動物園へ引き取られ、幼稚園のこどもたちの相手をして幸せに一生をすごしました。考えてみれば、とっても強い運の持ち主です。いちリキも大型犬にしては長生きしました。にリキも、さんリキも、いちリキとは直接の血縁関係はありませんが、顔もすがたかたち、する事もとってもよくにてます。
にリキは東大卒みたいな犬で、とってもおりこうで繊細でした。公園で自分で拾ってきた雄猫を弟分にしました。
 さんリキは、兄弟のうち末っ子が一番甘やかされるの原則で、わんぱく放題し放題で育ちました。
 もうじき、人間も含めて、わが家ではめずらしいお嬢 ”はな”が福岡から全日空に乗ってやって来ます。

2008-09-04